「開業したいけれど、お金も集客も不安」――そんな税理士の方に向けて、2023年8月に独立した定岡佳代税理士事務所の定岡先生に、開業にまつわる様々なことをお伺いしました。最初の顧問先や顧問料設定の裏側、そして子育てとの両立で直面した想定外の出来事など、リアルな実情をお話いただきました。
2026.9.29
「開業したいけれど、お金も集客も不安」――そんな税理士の方に向けて、2023年8月に独立した定岡佳代税理士事務所の定岡先生に、開業にまつわる様々なことをお伺いしました。最初の顧問先や顧問料設定の裏側、そして子育てとの両立で直面した想定外の出来事など、リアルな実情をお話いただきました。
目次
■なぜ、勤務税理士として安定していた40代で独立を決意したのか
わたしが独立を決めたのは2023年、理由は大きく2つあります。
ひとつは、10年ほどの実務経験を積んで「一人でもやっていける」という自信がついたからです。
税理士資格を取得したのは2021年4月です。それ以前にパートとして6年ほど会計事務所で経験を積んでおり、税理士有資格者になったタイミングで税理士法人に正社員として転職しました。そこで3年ほど、より密度の濃い実務に携わりました。開業した時点では、トータルで10年の実務経験を積んでいました。
もうひとつは、家庭との兼ね合いです。
息子が2人とも硬式野球をやっていて、開業当時は高校生と中学生。夏になると試合が平日に多く入るのですが、見に行くには有給を取らなければならず、全試合応援に行けないもどかしさをずっと抱えていました。
正社員に転職した2020年はちょうど、コロナ禍が始まった頃です。夫がフルリモートになったため、家事などをお願いしやすくなり、わたし自身は残業もしながら正社員として税理士の経験を積むことができました。ところが2022年頃、コロナ禍が明けて夫がフル出社に戻ると、家に大人が誰もいない時間が増え、夏休みは朝・昼・夜とご飯を作ってから出社するような生活になり、一気に時間のやりくりが苦しくなりました。独立したあと、息子から「あの時の夕飯まずかったよね…」と言われたくらい(笑)、味や質を考える余裕なんてなかったですね。とにかく量を食べさせなければと、一日9合ご飯を炊いていた時期もあり…野球をやっている男の子はとにかくよく食べるので、ご飯を作るのは本当に大変でした。
こうした事情を経て独立を決意したわけですが、家族に伝えたのは税理士法人を辞めて開業したあとでした。わたしは“こうしたい”と決めたら、まず実行してから事後報告するタイプなので(笑)、「開業したからよろしく」という感じで伝えました。
会計業界には決まった繁忙期があります。12月は年末調整、3月は確定申告、5月は法人決算が多い時期です。この期間中に辞めるのは避けたいと思い、12月に退職したい意向を秋頃に伝えたのですが、当時事務所の人手不足も重なり、結局退職したのは翌年6月のことでした。まぁ、よくあることかと思います(笑)。そこから1か月半ほどは委託というかたちで残りの業務を引き受けながら、独立後のイメージを固めていきました。開業にあたっては、友人の開業税理士にいろいろと相談させてもらいました。
事務所については、まず自宅を事務所として登録するところからスタートしました。作業場を借りたのは開業から1年半ほど経ってからです。当時請け負っていた連載の執筆に集中したいという理由に加えて、お客様も増えてきて大事な資料を自宅に置いておくのが心もとなくなってきたタイミングで、ちょうどいい物件が見つかったんです。最初は家賃の負担を避けるためにあえて自宅で仕事をしていたのですが、開業して1年半ほどで少し余裕が出てきたことから、作業部屋を借りる決断をしました。
開業にあたって用意した資金は50万円ほどだったと思います。意外かもしれませんが、会計ソフトや備品にはそこまでお金がかかりませんでした。その代わりに使ったのが交際費です(笑)。異業種交流会や知っているコミュニティに積極的に顔を出して、いわば「種まき」の期間として自分の顔を覚えてもらうことに投資しました。実際、そこから仕事の依頼につながったケースも少なくありません。なお開業自体は開業届を出すだけなので、手続き面ではそこまで大変ではありません。
ただ、会計ソフト・申告ソフトの選定には悩みました。税理士法人時代にはさまざまなソフトを使う機会があり、クラウド会計であればマネーフォワードやfreee、ほかに弥生のような定番ソフトも触っていました。これからはクラウドの時代だろうと考え、最終的に自分にとって使いやすかった「マネーフォワード」を選びました。そして、マネーフォワードと親和性がよいという理由で、申告ソフトは「達人」にしました。
独立した当初、わたしの顧問先はゼロでした。誰かに紹介していただかない限り売上は立たないので、それまでに名刺交換した士業のつながりの方々に「開業はがき」を送りました。50枚は送ったと思います。今の時代はメールでのやり取りが中心で、年賀状すら送らない人も増えていますが、「はがきを送ると印象に残るよ」というアドバイスを受けて実行に移したんです。さらに、久しぶりに「お元気ですか?開業しました!」などLINEなどを送るなどしていました。時間はたっぷりありましたので(笑)。
これが功を奏し、「あの時に会った定岡先生、開業したんだな」と思い出していただけて、そこからお仕事のご紹介につながることが何度もありました。実際、今受けているお仕事のほとんどは紹介によるものです。知り合いを介してのお客様は、質がよく安心感のある方ばかりというのも実感しています。
ただ、最初から売上ゼロというのはさすがに怖かったので、知り合いの税理士の事務所に週2日、委託というかたちで入らせてもらえるよう相談していました。本業が増えてきたことから、数か月前に週1日に減らしましたが、開業直後の不安な時期には気持ちの面でもかなり助けられました。
顧問先をどう獲得するかは、多くの税理士にとって大きな悩みだと思います。紹介会社を使って、安い価格でもたくさん顧問先を集め、2年目に顧問料を引き上げて「いいお客様」だけを残す、というやり方も耳にしましたが、そのスタイルは自分には合わないと感じていました。
以前勤めていた税理士法人は顧問料に幅があり、低価格帯のお客様と高価格帯のお客様の両方について、担当していました。ただ、どちらのお客様に対しても、つい手をかけてしまう自分がいたんです。メールが来たらすぐに返さないと気が済まないタイプで、正直、業務を効率よくさばくのは得意ではありませんでした。土日であっても、飲食店など商売をされているお客様から連絡が来ればすぐに返す。そうやって手厚く対応することが、自分のスタイルなんだと気づきました。
だからこそ、安いお客様をたくさん担当するのではなく、しっかり向き合えるお客様を、少し高めの顧問料で担当するスタイルにしたいと考えました。顧問料は売上規模によって変わる部分もあります。売上1,000万円のお客様と1億円のお客様とでは、税務的に見るべきポイントも違いますし、消費税の課税事業者かどうかによっても対応は変わってきます。ですから開業にあたって、料金表は一番こだわって作りました。「あまり料金を低く設定してしまうと、後から値上げするのは本当に大変」と、開業前に先輩から聞いていたこともあり、自分が提供したいサービスの価値に見合った金額になるよう意識しました。
Xを本格的に始めたのも、実は開業してからです。これからは自分の名前を出して顔を売っていかなければ、という思いがありました。飲み会や野球のことなど、自分のことを何でも投稿していたら、フォロワーがどんどん増えていき、いいこともたくさんありました。
たとえば「マネーフォワードが使いやすい」と投稿したことがきっかけで、マネーフォワードのインタビューにつながったこともあります。SNS経由で声をかけていただき、新しい仕事につながっていくこともありました。苦手でなければ、開業後はこうした発信活動に力を入れてみるのもいいと思います。わたしはもともとFacebookやmixiの頃からSNSを使っていたので、自分には合っていたのかもしれません。
ジャスネットのイラスト記事の連載も、わたしにとってはかなり大きな出来事でした。そこから本の出版にもつながりましたし、イラストを描いているとInstagramにも掲載しやすく、それをきっかけにわたしを知っていただける機会も増えました。様々な人とのつながりが広がって、「開業してよかった」と心から思えるようになったのは、最近になってからのことです。
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思っていた通りだった部分もあります。息子の野球の試合を見に行けない、など仕事の都合でままならないということがなくなったのは、独立してよかったと感じる点です。
一方で、想定と違ったのは、仕事のことを一日中考え続けなければならず、気が休まらないということでした。体調を崩すわけにもいきません。勤務税理士だった頃のメンタルのまま開業すると、正直つらい部分もあると思います。最近は「一人税理士」というスタイルが流行っていて、スタッフの代わりにAIを使えばいいという風潮もありますが、それでも「自分がいないと回らない」というプレッシャーは常について回ります。
とはいえ、それを思い込みすぎると体調を崩してしまうので、1年ほど前から登山を趣味にしてみたところ、生活のバランスがぐっと取れるようになりました。自然の中で気持ちを切り替えられますし、生活にメリハリもつきます。家庭、仕事、そしてもうひとつ「自分のための時間」―この3つが揃うことで、初めてバランスが取れると感じています。特に夏は登山のシーズン、かつ税理士業界では閑散期なので、登山仲間の友人たちと一緒に山に行く計画を立てるのが楽しみになりました。
正直に打ち明けると、開業3年目に入る前に作業場を借りたタイミングで、突発性難聴になったことがあります。ちょうど長男の大学受験とも重なり、ストレスが大きかった時期でした。だいぶ回復はしましたが、この年齢で開業しながら自己管理ができていなかったのだと落ち込みもしました。ただそこから、人の意見をきちんと聞こうという気持ちや、五体満足で仕事ができていることへの感謝の気持ちを持てるようになったのも事実です。
一人で開業するというのは、自分の体そのものが資本です。体調を崩せば、お客様にも家族にも迷惑をかけてしまいます。開業3年目あたりで体調を崩す方の話もよく耳にするので、長く事務所を続けていくためにも、これから独立を考える方には、ぜひご自身のことも大切にしてほしいと伝えたいです。
「10年の実務経験」と「家庭の事情」という2つの理由から踏み切った独立でしたが、はがきや交流会を起点にした紹介の広がり、そして顧問料に込めた自分なりのこだわり、どれも周囲の人からアドバイスをもらい、自分自身も試行錯誤しながら手探りで作り上げてきたものです。想定外の出来事も経験しましたが、それも含めて4年目の今は「開業してよかった」と思えています。
開業する前は不安に思うことも多いとは思います。しかし、「開業してみたい」というエネルギーがある若いうちに、思い切って一歩を踏み出すことをおすすめします。準備を完璧に整えることよりも、走りながら考え、試行錯誤した経験こそが、将来の自分を助ける一番の強みになるからです。
独立は決して一人だけで抱え込むものではなく、真摯に向き合っていれば、手を差し伸べてくれる人や助けてくれる仲間に必ず巡り合えます。この記事が、独立に迷うみなさんの背中を少しでも押すきっかけになれば幸いです。